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第参記 完成!春呼ぶ味


春を待つ、小さなぬくもりの食「包子」

饅頭の起源  日本に於いて「饅頭」といえば、かの半球・餡入りの菓子を想うが、大陸中華では主食用の、具のない蒸しパンを指す。同じ半球状とはいえ、用途も大きさ違うこの同名食品、実はその源は同じらしい。

日本の菓子「饅頭(マンジュウ)」は14世紀頃、大陸から伝わったとされるが、その原型の中に肉入りの種があったという。その肉入りのものが、今日中華でよばれる「饅頭(マントウ)」の祖であるという。

「饅頭」の起源で有名なのは、蜀相の諸葛による創始伝説である。行軍中、戦没者の怨恨等による「怨鬼」がなす狂風に渡河を阻まれた諸葛が、それを鎮めるため肉入りの饅頭を奉り、無事渡河に成功したという話である。饅頭が奉られたのは、人頭を奉げる旧来の風習を忌避した為という。この出来事のあと、先ずはこの肉饅頭が「饅頭」として普及したようである。そして、今日のマントウやマンジュウ等の様々な種に発展していったらしい。

しかし、前述の伝説は、史書とはみなされない「小説」、『三国演義』(第91回 祭瀘水漢相班師 伐中原武侯上表)が出典で、信憑性は低い。しかも、その成立は内容年代の千年以上あとの14世紀以降とされる。よって、「饅頭」の正確な起源はわからない。

管見では史書上に於ける初見は14世紀中葉成立の『遼史』における記述(卷50志第19禮志2凶儀 宋使進遺留禮物儀)である。儀礼中に茶等と共にその語が出てくるが、これが事実だとすると、その内容年代の11世紀頃には「饅頭」が確実に存在したことになる。

あと、記述以外では、西北地方は酒泉近郊にある魏晋墓壁画(3‐5世紀)にそれらしきものが描かれている例がある。文字等による解説がないため定かではないが、実見したところそれ以外には考え難い形状であった。無論、外見のみの画なので、内容物の有無や種は不詳である。

直系異名の「包子」と、傍系同名の「マンジュウ」  結局のところ「饅頭」の起源は不明だが、犠牲との関係が深い弔事との関りから、やはりその祖は肉入りであった可能性が高いと思われる。

その、肉饅頭の直系ともいえるものが、今日「包子(バオヅ)」と呼ばれる食品である。包子はマンジュウと同じくらいの大きさで、朝食や間食に多用される大陸中華を代表する軽食である。それは、元来餃子と同じく「点心」に分類されていた。点心とは正に間食や茶請けの食を指す語である。一度作っておけば蒸し器でいつでも作りたての味が楽しめる至便さも、その用途に適っているといえよう。

日本の「マンジュウ」も、元は修行僧の間食用として伝来したという。内容に小豆を使用した種が定着したのは、肉食を禁じた佛教思想の影響とされる。つまり、これも蒸し点心の類である。このことから考えると、現代京都人のように、蒸気製法を採らない餅皮菓子等を「おまん(御饅)」と呼ぶのは間違いであることがわかる。

ユーラシア各地に広がる「北方」風味  栄養価や保存・携帯性が高い「饅頭」は、日本だけでなく、ユーラシア各地に広がった。蒙古のボースや、西蔵(チベット)のモモ、そして東トルキスタンのボーズに西トルキスタンのマンティ等々である。

起源が不詳の今、中華より広がったとするのは早計だが、麦食文化の一大拠点、北中華がその中心である観は否めない。草原・高地・荒漠・黄土……。そこから立ちのぼるのはどこか「北方」の薫りである。一説に「饅頭」の類はその昔、主に冬、食したという。大量に作り、外気で凍らせ、食べる度に温めたのである。

零下10度を下回る、身を絞められるような寒さの朝、かの国の街頭で包子を食したことがある。一瞬、前を失うような湯の白霞より取り出された蒸籠うちには、小さなそれが愛らしく並んでいた。そして、力強い熱をもつそれを、一つひとつ身に入れてゆく。強張った身の内に、灯がともされていくようで実に有難い思いであった。

「饅頭」とは、北国の人々がぬくもりを籠めて冬を凌いだ、春を待つ食だったのではないか……。今にして、そんな感慨を抱いている。

 

春遅い古家暮し。食による身の内からの保温

晩節の戻り寒に一旦は身を竦めたが、やはり春到来は確かになった。だが、待望の日を迎えても、当分の間、朝晩「暖」を要するのが、気密に劣る古家暮しの常である。器具による暖房は無論、食による身の内からの保温も欠かせない。京都でいえば「粕汁(かすじる)」、「蒸し鮨」等がそれにあたろう。しかし今回は趣を変えて、かの「包子」を作ってみたい。

実は、包子作り、今回が初めてではない。ここ数年、半ば恒例行事の如く冬の終りに行っている。参照したのは、小冊ながら正統北方中華の粋を集めた、『中国の家庭料理200種』(馬遅伯昌著1968年刊)。醤油染みも労(いたわ)しい、若き日の母が研鑽に用いていた相伝の品である。ただし、材料やその分量等は適宜アレンジを施している。なお、製作する数は、保存目的もあるため数十個とする。

生地作り「1次発酵・2次発酵」  先ずは、外皮用の生地作りである。大匙2杯程の強力粉と、小匙3杯のドライイースト、そして小匙2杯の砂糖を1/3カップ程の人肌のぬるま湯で溶いて30分程置いておく。所謂1次発酵の作業である。最近のドライイーストには、これの不要を謳ったものが見られるが、経験上では、行った方がベターのように思われる。

注意しなければならないのは、1次2次共、暖かい所に置くことである。低温の場所では膨らみが悪くなる。総じて室温の低い古家では特に注意が必要である。我が家では、ストーブの前で行った。

発酵して気泡がたった1次材に、カップ5杯の強力粉と小匙半杯の塩、そして大匙1杯の砂糖を加え、カップ2~3杯のぬるま湯を徐々に入れながら捏ねていく。出来れば粉は最初にふるった方がよいようである。器には大型の捏ね鉢が便利だが、無いので大きめの琺瑯ボウルを使用した。暫くは手に付いて混ぜ難いが、やがて程よい感触となる。しかし抵抗が大きいので力が必要である。

かの国では生地(饅・麺)作りは男の仕事だと聞いたことがある。事実は不詳だが、確かに昔、訪問した友人宅で、その家のお父さんが作ってくれた覚えがある。

捏ね終れば、乾燥を防ぐため濡れ布巾をかけ3時間程置く。これが2次発酵となる。可能な限り時間をとった方が結果は良好となるが、気温の高い日はその限りではない。

肉餡作り「肉包子用」  2次発酵待ちの間、肉餡を作る。先ずは250グラム程の白菜を微塵切りにし、塩揉みしてかたく絞る。青菜類(ほうれん草・小松菜・青梗菜等)を使うなら下茹でしておく。

そして、小匙1杯のおろし生姜と、大匙3杯の微塵切りの葱、水で戻した干し椎茸2枚と干し海老大匙2杯の微塵切りと、豚挽肉200グラムを加えて混ぜる。味付けとして、胡麻油・ラード・醤油・酒を各大匙1杯と、小匙1/3杯の塩と、小匙1杯の砂糖を投入する。

なお、指南書には化学調味料が挙げられているが使用しない。また、胡麻油は少し減らした方が日本の風土には合うような気がする。混ぜ合わせは、一般的に素手で行われているが、作業性と後処理を考え、匙で行った。粘りが出れば完成である。

肉餡作り「加哩(カリー)包子用」  折角なのでもう一種餡を用意する。作るのはカレー味。中華の印象強い包子に、西方風味のバリエーションを加える。

200グラムの豚挽肉と100グラムの玉葱微塵切りに、小匙3杯のカレー粉、同半杯の塩をふってよく炒める。コクを出すためにラードも少々入れる。最後は大匙1杯の片栗粉をカップ半杯の水で溶いたもので、とろみをつけて完成である。

包み作業と「花巻」作り、そして3次発酵  2次発酵後の生地を取り出すと、膨らんで倍ぐらいの大きさになっている。もう一度捏ねて、ガス抜きをする。そして、こぶし大に分け、各々径3、4センチ程の棒状にする。

これを10個程に切り分け、その一つひとつをまな板上で径6センチ程の円盤状に延ばしていく。手のひらで板に押しつけ、麺棒で延ばすのである。円盤の縁を薄くするのがポイントで、まな板や麺棒に粉をふっておくと生地が離れ易く作業しやすい。ただし、包む際の密着も妨げるので、つけ過ぎないようにする。少量をのばし、不足すれば足すようにする。

出来た円盤生地に餡を置く。量は適宜だが、慣れないうちは、少なめにした方が上手くゆく。餡を捏ねた時の、匙先を利用すればいいだろう。そして生地の端を持ち上げ餡を包んでいく。縁を襞状にし、最後に上部を圧着するらしいが、実はまだ上手く出来ない。よって縁の対向どうしを留める我流を行っている。ここは今後の研究課題であろう。一度本場を知る人に手解きを受けたいものである。

なお、餡の油が縁に付くと圧着できなくなるので注意が必要である。餡量が適正なら起らない現象だが、ティッシュで拭って回避する。

包み終ったらすぐに蒸さず、暖かい所に30分以上置いておく。また発酵が進み、生地の圧着部がきれいに馴染んでくるからだ。私は勝手にこれを「3次発酵」と名付けている。

ところで、今回は生地が余ったので、餡なしの「マントウ」の一種、「花巻(フア・ジュアン)」を作ることにした。作り方は、大きめの円盤を作って、それに胡麻油と塩胡椒を塗って反物様に丸め、4、5センチの長さに切り分けた後、各々中程を箸で押さえるのである。

身の内に春を呼ぶ北方の味覚、完成  3次発酵が終れば、湯の沸いた蒸し器に包子や花巻を入れる。下にパラフィン紙を敷くと取り出し易い。蒸し時間は凡そ15分。膨らみに影響するので終るまで蓋を取らないのがポイントである。また、蒸し器の造りにも注意する。以前、蓋の密着が悪いものを使用した為、膨らみが悪くなった。

こうして漸く包子が完成した。湯気上る艶やかな肌がうるわしいそれは、見ているだけでも暖かい。これを本場風に黒酢と辣醤で食す。シンプルな風味、控え目な大きさが古家に合う。たくさんある残りは、冷ましてから密閉して冷凍保存する。マンジュウ程の大きさは、来客時のお茶請けや酒菜(肴)にも最適である。

さほど難しい作業はないが、発酵待ちや数があるため、時間がかかるのが包子作りの難点である。出来れば、数人で作った方が効率的である。休日に家族揃って作るのも楽しいのではないだろうか。私も次は人を募って行うつもりである。

「中華まん」ではなく、「包子」となってより親しくなった北方の味覚「饅頭」。身の内に春を呼ぶそれを食してみよう。遠く、我々とも繋がる食文化。北方に春を呼ぶ黄砂来る空の下で……。

参照した『中国の家庭料理200種』(馬遅伯昌著1968年刊)。正統北方中華の粋を伝える。
1次発酵中。暖かい場所に置くのだが、逆に高すぎる温度にも注意しなければならない。
生地を捏ねる(2次発酵前)。抵抗が強いので、こぶしに体重をかけて押すのもよい。
用意した餡。左が加哩で、右が普通用(肉包子)。
2次発酵が終り、倍以上に膨らんだ生地。もう一度捏ねてガス抜きする。
生地を小分けして棒状にし、更に切り分け圧延して包み皮を作る。
「花巻」の作り方(上から順に)。最後に、各々中程を箸で押さえると形に面白味が出る。
3次発酵中の包子と花巻。左奥の加哩包子には、識別の為カレー粉が付けてある。
辣醤と黒酢。黒酢は現地で買ってきてもらったもの。これで食べるのが本場の食べ方。ただし、加哩包子にはなにも付けない。両方とも日本で入手可。
艶やかな肌うるわしい包子。
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