住人十色 24
昭和モダン、伝説の洋館 “銀月アパートメント” 下
昭和初期の建築「銀月アパート」には、人をとらえて離さない引力が働いているのだろうか。入居して13年の荒賀こずえさん(38)は年々、このアパートとのかかわりが深くなってきた。
芸術短大時代に、スケッチの授業でこの建物を「発見」、強烈な印象を受けたが、「その時は、自分が入居するとは思わなかった」と振り返る。入居したのは、京都市内で就職後。経済的な理由もあった。ところがその後、管理人の女性が高齢で引退すると、なり手がおらず、入居者が担当することに。荒賀さんは6年前、夫の文成さん(32)と結婚した時期に、2人で管理入室に移ったのだった。
「何回か、出ようと思ったことはある」と打ち明ける。洋裁を学んだが、生産の海外シフトで気に入った仕事が見つからない。環境を変えてやリ直そうと思たが、そのつど、仕事探しなどでタイミングが悪かった。管理人の今となっては、仕事のかたわら、落ち葉はきや修繕の手配など、ますます忙しい。しかし、広い住み場所を提供してもらったうえ、もう一室、陶芸の制作室も確保。生活はどんどんアパートにはまっていくようでもある。
アパート内の別室。14年来の住人である指圧師の福島健さん(46)も、2部屋目を借り、リラックスできる部屋をつくった。知人や友人を招いて気楽なひとときを過ごしてもらう。「強すぎる刺激は、傷んだ筋にダメージを与える危険がある。時間をかけてほぐすのが基本」と福島さんはマッサージの極意を話す。指圧は、音楽のかけあい「ジャムセッション」に似て「体を押すと、人それぞれの反応が返ってくることが面白い」。
いま、癒しを求める人は多い。福島さんが指圧を志した20年前は、対象が高齢者に限られていた。それが現在は、多様な人の需要があるという。それだけ疲れがたまる世の中になっているのだろうか。静けさのただよう部屋は「雰囲気もあわせて安楽さを味わってほしい」という気持ちだ。
静けさと、微妙な光と影のただよう空間。流れる時間はゆったりしている。荒賀さんは「結果的に、ここを出なくて良かったかも」とつぶやいた。アパートに飲み込まれていく? そうではなくむしろ、アパートを使いこなしながら、別の空間と時間をつむぎだそうとしているようだ。